03 | 2017/04 | 05 - - - - - - 12 3 4 5 6 7 89 10 11 12 13 14 1516 17 18 19 20 21 2223 24 25 26 27 28 2930 - - - - - -
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) --:-- * 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
50万円以下でイタリア車を探す アウトビアンキ
2005年07月16日 (土) 21:12 * 編集
『アウトビアンキ A112』
一言で表せば、今となっては非常にレアな車といえましょう。また、日本国内の正規ディーラーだったJAXが消滅してしまったため、パーツの入手などが面倒で、中古外車市場では不人気を誇る車でもあります(笑)。

1985年に、今でもエンスーな人達の間で人気の高いアウトビアンキA112の後継車として登場した車で、主に都市部の小型車市場における高級車セグメントをターゲットにしたという、いわばバブリーな車ということになります。私はフィアットを中心にしたイタリア自動車メーカーの歴史に疎いので断言はできないのですが、アウトビアンキ自体がフィアットに吸収されて、ランチアブランドのネットワークで販売されることとなったため、ヨーロッパではLancia Y10の名前で流通されたようです。しかし、日本ではJAXの政策により小型車市場で人気のあったアウトビアンキのブランドを前面にして売られたのでしょう。

発売当時のY10には、1000cc、1050cc、ターボ付き1050ccという3種類のエンジンが用意されていました。特にターボ仕様は、当時のターボ搭載欧州車としては最小サイズを誇り、カタログデータ上で85 BHP/5750 rpmを謳っていました。

1989年にマイナーチェンジが行われ、フュエルインジェクションが採用されました。第2世代のY10はマツダがランチアを扱っていたため、1300ccのモデルが輸入されたようです。その後、さらに第3世代へのモデルチェンジが行われ、フロントグリルが精悍なデザインに変更されるなどしていますが、さすがにこのあたりのモデルはほとんど輸入されていないと思います。ちなみに、現在あるLancia Y(イプシロン)は、当然ながらY10の後継であり、横から見たシルエットはY10を彷彿とさせるものがあります。

アウトビアンキ - A112

スポンサーサイト
50万円以下でイタリア車を探す FIAT
2005年07月16日 (土) 21:05 * 編集
『フィアット ウーノ』
1982(S57)年にショーデビューを飾り、1983(S58)年初頭から販売された1980年代のベストセラーコンパクトハッチバック。エクステリアデザインはジウジアーロ率いるイタルデザインだ。3ドアおよび5ドアが用意され、日本にも数多くのバリエーションが正規輸入された。最もベーシックな1Lの45ファイアにはじまり、1.1Lの60S、1.1Lのちに1.4Lのセレクタ(CVTモデル)、1.3Lのちに1.4Lのターボi.e.、上級バージョンの1.3Lの70SLや1.5Lの75SXまで、そのラインナップは豊富だ。アバルト仕様にカスタマイズされたアバルト1300ターボは、シャーシ性能を上回るエンジンパワーで、正真正銘のじゃじゃ馬ホットハッチであった。1990(H2)年にフロントグリルを中心としたマイナーチェンジを受けている。
フィアット - ウーノ


『フィアット ティーポ』
5ドアハッチバックのティーポは、1988(S63)年にVWゴルフのライバルとしてデビューした。欧州カー・オブ・ザ・イヤーを獲得するなど、そのコンセプトと性能は高く評価されていた。ユーティリティの高さや特徴のあるイタリアンデザインは、ヨーロッパ市場に多く存在する手強いライバル車たちに引けをとらない魅力を放つ。本国仕様ではガソリンエンジンの1.1L、1.4L、1.6L、ディーゼル、ターボなど豊富なエンジンラインナップをもつが、日本市場向けには1.6DGT、2.0GT、そしてスポーティバージョンである16バルブの2.0-16Vが用意された。エンジンバリエーションの追加や1993(H5)年には3ドアモデルも市場に投入したが、生産開始が1988(S63)年と基本設計の古さは否めなく、1996(H8)年にそのポジションをブラーボ/ブラーバ(日本名ブラビッシモ)に譲った。
フィアット - ティーポ


『フィアット パンダ 』
限られたスペースを最大限に活用し、真の実用車を作り出す。この強い意志のもと1979年に登場したパンダはそのデザインのみならず、企画や開発を巨匠G・ジウジアーロ率いるイタルデザインが全面的に担当したモデルだ。フィアット初の外部委託開発車であった。プロジェクトネーム“ゼロ”としてスタートし、パンダとして世に出たベーシックカーは、ジウジアーロの最高傑作として、イタリア人の最良のアシとして、大成功を収めた。直線のみで構成されたボディパネルやシンプルで機能性の高いインテリアにはいまだにファンが多い。初期モデルは空冷直2OHVと水冷直4OHVというエンジンラインナップで、グリルの片側にスリットの入ったオリジナルデザインをまとっていた。1983年には横置きFF乗用車ベースとしては世界初の4WDモデルとなる4×4が登場。4WDシステムはオーストリアのシュタイア・プフ社と共同開発したパートタイム方式であった。1986年には新世代直4SOHCファイアエンジンを搭載。その後もCVTモデルを加えるなど進化を続けた。
フィアット - パンダ -


『フィアット ブラビッシモ』
ブラビッシモという名前は本国イタリアには存在しない。もともとこのクルマはフィアットのCセグメント向けコンパクトカーとして、1995年に登場したブラーボ/ブラーバと呼ばれるモデル。1998年から日本にわずかながら輸入されたのは、ブラーボの1グレードだ。ブラーボはスポーティイメージを強く打ち出した3ドアハッチバック、一方ブラーバはファミリィユースを意識した5ドアハッチバック、と中身は共通であるが3ドアと5ドアで外観のイメージを全く変えるという、現代のプントと同じ手法で開発されたモデルであった。ブラーボは、クネクネとうねった3次元融合のような個性的なエクステリアをもち、最上級モデルのHGTには147psの直5DOHC20バルブエンジンが搭載されていた。ブラビッシモはブラーボ、すなわち3ドアモデルで1.6Lモデルを日本仕様として導入したもの。右ハンドル、AT仕様ということで拡販を狙ったが、逆にイタリア車ファンからはソッポを向かれるという結果に終わった。ちなみにブラビッシモとはブラーボ/ブラーバという形容詞の最上級である。
フィアット - ブラビッシモ -


『フィアット プント』
コンパクトカークラスにおいて大ヒット作となり、フィアット起死回生のモデルとなったウーノの実質的な後継モデルがこの旧型プントだ。1993年に登場。3ドアと5ドアのハッチバックモデルでエクステリアのデザインはジウジアーロだ。これまでのフィアット車と打って変わって丸みを帯びた近代的なスタイルとなり、空力的にもCd値が0.31と大変優れたモデルであった。リアランプのデザインも特徴的でルーフまで延びる縦長ランプを採用した。インテリアにもパンダ譲りのダッシュボードデザインなど見るべきものが多い。本国におけるエンジンラインナップは1.1Lから1.6Lまで幅広いものだった。特にウーノターボの後継となるGTは1.4Lの136psインタークーラー付きターボを搭載。イタリアの走り屋に今でも愛用されている。日本への導入は相当遅れて1997年から。1.2L+CVTの5ドアとカブリオレが輸入され、のちにアバルトのエアロパーツが付いた日本専用モデルの“スポルティングアバルト”も登場。なおカブリオレモデルはベルトーネが生産を担当した。
フィアット - プント

50万円以下でイタリア車を探すAlfa Romeo
2005年07月16日 (土) 20:47 * 編集
『Alfa 75』
アルファロメオ社の創立75周年にあたる1985(S60)年にデビューした。ジュリエッタ系の後継であり、後の155、156につながるミドルクラスのスポーツセダンだ。アルファロメオ最後のFR(後輪駆動)でもある。日本に導入されたのは2.5LのV6エンジン+3ATと2L直4のDOHC+5MTのツインスパークの2モデル。後者は名前が示す通り、アルファ伝統の1気筒当たり2つのプラグをもつ。ちなみにMT車はギアボックスがデフと一体化されたトランスアクスル方式を採用。理想的な重量配分を実現している。何にも似ることのない、ユニークなスタイリングと、FRらしい走り味は熱心なマニアの心をとらえて離さない。V6モデルの最高速度は210km/h、ツインスパークは200km/hと発表されていた。
alfa75


『Alfa 145』
アルファロメオブランドの入門モデル的な役割を担う145は、1994年に本国デビューを果たした。事実上、アルファスッドや33といった水平対向スモールアルファの後継に当たるが、プラットフォームは155と全く同じものを使っている。ボディスタイルはルーフエンドをボディ後端まで延ばしたワゴンルックスの3ドアハッチバックで、凹形状のサイドキャラクターラインやベルトラインのえぐれが特徴的だ。本国市場では、ノッチのある5ドアハッチバックモデル、146も存在するが日本へは正規輸入されておらず、わずかな台数が並行輸入されたにとどまる。数あるエンジンラインナップの中から日本仕様に選ばれたのはトップレンジの2L直4DOHCツインスパークで、最もスポーティな仕様という意味合いからアルファスポーツモデルの称号である“クアドリフォリオ”と名づけられた。日本仕様車は右ハンドルの5MTのみ。1999年には156と同じ改良型2Lツインスパークエンジンを搭載したマイナーチェンジモデルを導入。外観もボディ同色バンパーの採用など若干の変更があった。
alfa145


『Alfa 155』
アルファロメオを買収した後のフィアットはメインコンポーネンツの共有化を進めることで競争力を高める手法をとった。FRの75シリーズの後を継ぐ155シリーズがフラッグシップの164同様にFFモデルとなったのも、そういう背景があったからだ。ティ-ポ2、3と名づけられたプロジェクトによって生まれたモデルは、フィアットティ-ポ、フィアットテムプラ、アルファロメオ155、アルファロメオ145、ランチアデドラ、ランチアデルタなど実に幅広い。これらのモデルはすべて同じホイールベースやサスペンション形式をもっている。155は1992年に発表され、1993年から日本に輸入された。当初はアルファツインカム2LツインスパークのTSとフィアット製2Lターボを積むQ4の2グレードが販売され、一時は豪華仕様やAT車が投入されたが、DTMやITCといったツーリンングカー選手権での活躍に注目が集まるようになると、ワイドフェンダーとハードサスを奢ったスポルティーバ仕様が人気を呼んだ。最終的には2Lツインスパークと2.5L V6モデルとなった。硬派なスポーツセダンだ。
alfa155


『Alfa 164』
フィアットクロマ、ランチアテーマ、サーブ9000と、このアルファ164は兄弟車だ。開発投資を抑えるために複数ブランドのメインプラットフォームを共有するプロジェクトの産物で、後にティーポ4プロジェクトと呼ばれた。これまでのアルファのフラッグシップとは異なり、FFを採用したのが大きな特徴だ。エクステリアはピニンファリーナが担当。薄いノーズにコンパクトなキャビン、スポーティなウエッジシェイプと、まるで黄金比率でまとめられたかのような近代セダンスタイルの金字塔ともいえる美しいスタイルだ。インテリアデザインも直線基調で個性的だ。本国デビューは1987年。イタリアでは2LツインスパークやV6と直4の2Lターボなどが存在したが、日本仕様は3L V6のトップレンジモデルが常に輸入された。1993年以降は24バルブエンジン搭載のスーパーが登場。エクステリアもヘッドランプのデザインなどが変更された。迫力のエアロパーツと200psエンジン搭載のクアドリフォリオやデルタ譲りの4WDシステムをもつ硬派スポーツセダンのQ4も上陸した。
alfa164

* Top *
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。